Kul diary

3月は

3月 と聞いてすぐに思い出すのは 会社の重鎮が亡くなり葬儀の時入りきらないお花を外に出し大変な思いをしたのをどうしても想いだしてしまうのです。もう20年経つのだろうか  斎場では無くお寺だったのでまず寒い・・さらにいまどきの斎場とは違いお花の置き場所が無く相当数のお花をどうするかでもめていたのもそうだが 最大の想いでは  猛吹雪。 あまりにも大変だったのでとにかく記憶に残っている  急にお亡くなりになったこともありとにかくすごい人だった

記憶

普段 なにごとも無くすごしていると当たり前だが  あれ? 昨日何食べたっけ・・・  先週の日曜日・・どこに行ったっけ? 等々・・・そんな近々の事すら覚えていないのに妙に 鮮明に 残っていることがあります。 もちろんそれだけインパクトがあったからこそだがそこに喜怒哀楽が絡むとより鮮明になるよな~と

自分の場合 いきなり3月に話があり いきなり 知らない人達がいる仙台の会社へ向かわされた時の事。 5月連休後出発 家をどう出て、空港へ行き後輩が送ってくれた光景、その後仙台に着きそれからの道なり・・・全ていまだに残っている。普段の生活や会社での事も・・・  もう14~5年前になるかと

きっといろいろな場面 場面で心に焼き付いているものは違えど、、それぞれに想う事はあると思います

男子”に限った訳ではないが基本 20を過ぎ60近くまで大半の時間を拘束される場所は会社

どのような組織に存在するかで大きく自分の運命も変わって行くと思う

もちろん 個人”の場合もある

学生まではそこそこ知っている人と絡み、、嫌な人とは話さなくても済むが社会人になるとそういう訳には行かない。 最近部下含め 自分って20年前とかどんな奴”だったの?と聞くと いろいろな回答が来る・・・  あらぁ~~~というのから それは・・・と言うのまで。 もしその時のまま今に至っていたら大変な事になっていたな、、、と真面目に思う。  よかった・・・まだ 少しだけ普通になって  と。

ただ結果として それが良かったかどうかは分かりません

僕 出来るんだけど どうして君はできないの?  あーー一日って24時間あるから・・・。 3日くらい寝なくても大丈夫だから・・・・ 等々。まぁ~~好きに生きていたし また時代もそんな人が優遇される  そんな社会でした。 早く帰るのが悪”とされ 遅く残り夜中まで仕事している人が 出来る””と賞された時代。 でもいま考えるとそれは決して悪い事では無く、会社”と言うより個人的に””という思いが優先してたと思うのです。 お客さんも個人に付いてくれましたから・・・

コンプライアンス という言葉がここまで一人歩きすると、本当に難しい時代になった と感じるのです

でも慣れました

自分は

リクルートを10年やってきた性もあるとは思うが 人間の資質がここまで変わってきた以上それに対応せざる負えない・・・と言うか 無理なんですよね!がむしゃらに生きぬいて来た世代、、自分より少し上”の方々から自分より若干下あたり・・・ここまでは、寝ないでなんぼ?!の世界でしたから

高い給料はいりません。 良い人がたくさん居て。 週休2日は当然。 仕事は遅くとも18時まで。 残業?ありえません。 飲み会?嫌です。 とりあえず謝ればこの場を逃れられるよな。 人生ドライでしょ。 

昔 若い頃 演歌”を知らなくても 歳取ると自然に日本人として身に着くんだよね~~~と思っていたが そうでは無くなってきたように思うのです

今回 オリンピックで日本人 さらに世界までも納得させた 小平さん

羽生君以上に今や 時の人

謙虚なんですよね

一部メディァで取り上げられていましたが30超えての開化は異例。 今後その辺の考え方も変えなければ・・と

小平さんから 昔ながらの日本人気質を感じるからこそ 日本中が彼女に魅かれたのでしょうね

そんなところからも自分も勉強しなければ  ですね

週中

2018-02-21 | Posted in Kul diaryNo Comments » 
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